あの有名な比叡山延暦寺の焼き討ちは財閥解体だった!?

2015.05.19

図1(左)織田信長と(右)GHQマッカーサーの共通点があった!?

1560年(永禄3年)の5月19日。

この日を境に織田信長が歴史の表舞台に登場します。
日本史上もっとも有名な合戦のひとつ
桶狭間の合戦があった日です。

教科書レベルで描かれる
日本史というのは政治史が中心です。
これは大河ドラマも同じ。

唯一の違いは

京・江戸・大坂などの政治の中心地から描くのが
教科書で地域にこだわらず
ヒーローの関連地域から描くのが大河ドラマ。

そして最近の研究では
経済面からの発見で整理されています。
ドラマチックな物語のリアルな裏付けに迫る感じ。

その結果、分かってきたことは・・・

どうして信長は大量の鉄砲を使って連戦連勝できたのか。
その背景です。

当時、火縄銃1挺の値段では675,000円です。

意外と安い気もしますが
いざ合戦ともなれば100挺、200挺と
まとまった数が必要です。

実際に計算してみます。

3,000挺の火縄銃で武田の騎馬軍団を破った姉川の合戦。
3,000挺×675,000円=2,025,000,000円
鉄砲代だけで20億2,500万円も使っています。

ほらね。

合戦にはお金がかかるわけです。
このほかにも兵糧も人件費も、
食費や馬のエサ代なども必要になりますから。

その資金源に興味が湧いてきます。

いくら権力者でもお金がなければ
大量の鉄砲を買い揃えることはできませんから。

それを可能にしたのが
・・・あの悪名高い、比叡山延暦寺の焼き討ちなんです!?

詳しく説明しますね。

古来から神仏につながる寺社仏閣は
時間と文字文化を支配した治外法権でもあり
完全に聖域でした。

信長はその聖域を焼き払ったんです。

非常識で罰当たりでもあり
誰もが恐れる非道な行為だと非難されています。
魔王と呼ばれる理由でもあります。

当時の寺社仏閣は信仰の中心を担っていたことは
想像がつきますがそれ以上に

経済の中心的な存在でもありました。
日頃から寺院の境内にはたくさんの人が集まります。

そこは定期的に市場となって、
買い物をする場でもあったんです。

商人からの場所代が寺院の収益になります。
さらにお賽銭を元手に貸金業もしています。
自治として独立して荘園からの収入も確立されています。

それが各宗派ごとにまとまっています。
だから財閥。
戦国時代の寺社は武家以上の権力を持っていました。

そこに信長は挑みます。

その手法が解体。目指したものは既得権益の打破です。
戦後に行われた財閥解体を
400年以上前に実践していたことになります。

叡山の焼き討ちにおいて
信長は戦国時代のGHQであり、
大財閥の比叡山延暦を解体したということでした。

そうなれば

本願寺との石山合戦、伊勢長嶋の一向一揆など
一連の宗教団体との合戦はすべて財閥解体だと言えます。

多くの戦国大名が手出しできなかった聖域である寺院。
そこに手を付けることで新たな資金源を手にすることに成功します。

高額な鉄砲を武器に
兵農分離で専門兵を雇用する資金は
財閥解体でもたらされた結果だったんです。

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山本 やすぞう
1972年大阪市生まれ。近畿税理士会北支部所属。TKC近畿大阪会所属。 大河ドラマを題材に使い、名シーンや名セリフを交えたわかりやすい内容が評判となる。常識に縛られずその会社らしくあろうとする経営者を応援することから、中小企業の経営者のみならずスタッフまで「私にもできる」と思わせ、信奉者が増加中。 計算するだけでなく、一緒に利益を探す税理士として活動中。
山本 やすぞう

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