大河ドラマ西郷どん
吉之助はよく移動するな〜って思う。
いつも一生懸命に走っています。
薩摩→京→江戸この間、440里。
約1,700キロです。
今でこそ九州新幹線→(山陽新幹線)
→東海道新幹線を使って6時間半。
当時は40日〜60日かかります。
さらに参勤交代ともなれば
ざっと2,000人の大行列だったそうです。
お殿さま・島津斉彬の御庭方に抜擢された
吉之助もはじめて江戸へ向かいます。
江戸行きの旅費にも困るほど貧乏でした
が家族に将来を託されます。
当時、大名自身は江戸と国元を参勤しま
すがその妻子は江戸住まいが原則。
斉彬さまが初めて薩摩にお国入りしたのは
43歳。50歳で急死するまでの薩摩入りは
わずか3回。
やはりお殿さまが動くことは
それなりの準備が必要だったんです。
そんな時に大国・清がイギリスに
大敗する事件を知ります。アヘン戦争です。
それまで日本の尻尾に位置していると
思っていた薩摩・鹿児島。いやいや世界地図を
見れば琉球、台湾、清につながる最先端です!
鎖国中でも薩摩には情報が入ります。
国際情報を収集して編集して、同士と
共有します。
その変化にいち早く気づいていきます。
吉之助はお殿さまから同士との共有を
託されます。
江戸中の藩邸をまわったり国元に戻って
いる全国の大名を訪ねたり
都でお公家さまと打合せしたり
・・・徒歩ですよ。
足もとは草履や雪駄です。
物語が進んで。。。
いよいよ倒幕ともなれば
帝の代理として新政府軍の指揮を託され
東海道を下り江戸城を開城させます。
さらに東北から北海道まで進みます
・・・ここでも歩きですよ。
南国育ちなんだから寒さは辛いよね~
明治に入れば欧米視察に新政府が出かけた
留守を託されます。
そうです。
USPは関係性から明確になるんです。
西郷吉之助のUSP
「まわりから託される人。」
「いつも誰かの代わりに先頭に立つ人」
きっとそうです。
「託される人」と自分で言っても
なれません。誰も託してくれません。
「先頭に立つ人」と自分で言っても
その役目は回ってこないんです。
関係性から気づかされるだけですから。
近くに貧しい子がいると放っておけない。
自分の分まで分けてあげる。
子どものころから
それが好きだったんです。
喜びだったんです。
かまいたくなる性分は
まわりからすれば託すに相応しい。
なにごとも自分ごととして扱う吉之助は
まわりからやり遂げてくれそうに見えたはず。
まわりからです←ココポイント!
自分が言いたいだけじゃないからね~
この先、お殿さまが急死したり
島流しにあったりしますが、
託される存在でありつづけます。
まわりから
選ばれて愛されて応援されたんです。
西郷吉之助。カッコいいーーーーー