失敗時は内側から離反者が現れて、成功時は案内人が登場する。

2016.01.12

写真 2016-01-02 11 26 17戦国時代へ意識を向けてみる

大河ドラマ『真田丸』
その始まり方がとても興味深い。

戦国時代の末期。
甲斐の名門・武田家の崩壊から描かれています。

史上最強の戦国大名として
名をはせた武田信玄の死からわずか9年。

甲斐、信濃はもとより
上野、駿河そして三河の一部を治めた巨大勢力でした。

領土拡大の手法はとてもシンプルなもの。

合言葉は
「兵は詭道なり(へいはきどうなり)」

孫子の兵法書に書かれた合戦の王道です。

正面から力攻めをせずに
事前に敵方(相手側)から内通者を募ります。
こちら側に協力するよう働きかけるというもの。

その際に、活躍したのが有名な武将・山本勘助。

大河ドラマ『風林火山』(2007年)でも
軍師として活躍する勘助が描かれました。

戦国時代と言えば
正面から激突する合戦のイメージが強いのですが
実際はかなり違っています。

戦わずに見方を増やす!

これが最優先。
攻め込む際の道案内人になってもらう。
それがなにより安全ですから。

相手の兵力が減って
こちらの兵力は増えるんです。
士気も高まります。

合戦前は敵方と交渉して見方を増やして
いざ合戦となればお殿さまのそばにあって
陣中で軍勢を指揮します。

それが軍師の役割です。

武田信玄のもとで山本勘助と一緒に
そんな役割をになっていたのが真田家です。
真田幸隆、真田信繁のおじいさんです。

信玄の亡くなるのと
ほぼ同じころにその幸隆も亡くなっています。
物語の始めるおよそ9年前のことです。

その後、真田家の家督を相続したのが
信繁のお父さん昌幸です。

昌幸は三男坊でした。

実は長男と次男があわせて
信長と激突した長篠の合戦で戦死。

この戦いの敗北を契機に
武田家の影響力が低下していました。

『真田丸』の冒頭。

信繁と信之兄弟。
その父・真田昌幸の登場する時期は
主である武田家の勢力が急降下している状況。

まさに滅亡しようとしています。
『真田丸』はそんな時から描かれています。

武田家の内側から
離反者が現れていることが原因です。

まず木曽義昌(きそよしまさ)が織田方に内応します。
甲州征伐のきっかけを作ります。

つづいて穴山梅雪(あなやまばいせつ)
榎木孝明さんの役どころ。かれが徳川家康に寝返ります。

そして小山田信茂(おやまだのぶしげ)
温水洋一さんが演じてる役。

自らの城にお殿さまを迎えると
言いながらも約束を破って武田勝頼を自害の追い込みます。

なんと同時に3人もの武将が離反することになります。
それも武田家の身内ばかり。
信玄が存命中の頃よりの譜代の家臣です。

戦国時代は同族経営です。

・・・ということは

攻めてはかなり有利。勝ったも同然です。

敵方がそれぞれに
道案内をつとめてくれるんですから。

こうして武田家は
自らの得意技で滅んでいったのです。

とても皮肉だと思う。

プラスの関係性が案内人。
マイナスの関係性が離反者(裏切者、内応者、謀反人)。

成功も失敗も関係性に左右されることは
戦国時代からまったく同じ。

『武田信玄』(1988年)
『風林火山』(2007年)
『天地人』 (2009年)

50年以上続く
大河ドラマの系譜の中で一連続して
描かれる武田家の成功と失敗は関係性の物語です。

大河ドラマ『真田丸』

その冒頭を見て
過去の記憶を思い出して整理したことはそのあたりです。

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山本 やすぞう
1972年大阪市生まれ。近畿税理士会北支部所属。TKC近畿大阪会所属。 大河ドラマを題材に使い、名シーンや名セリフを交えたわかりやすい内容が評判となる。常識に縛られずその会社らしくあろうとする経営者を応援することから、中小企業の経営者のみならずスタッフまで「私にもできる」と思わせ、信奉者が増加中。 計算するだけでなく、一緒に利益を探す税理士として活動中。
山本 やすぞう

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