最初から無理でしょ!どうして北条は秀吉に勝てると思ったのか?真田丸

2016.06.13

キャプチャ追い込まれる北条氏政(写真は毎日新聞ウェブサイトより)

最初から分かっているはず~
なんで~~
勝てるはずがないでしょ!

そんな声が聞こえてきそうですね。

大河ドラマ真田丸。
第23回は「攻略」

秀吉の小田原城攻めで
城主・北条氏政の態度に異変が起こります。

圧倒的な大軍勢に城を囲まれて
日増しに追い詰められていきます。

そんな態度を隠すためなのでしょうか。

蹴鞠に興じたり
顔に化粧をしたり
部屋中にお香を炊いたり

合戦中なのに
不可解な行動が目立ってくる。

あきらかに
追い詰められていきます。

はい。
見るからにおかしくなっています。
気になることは

後世に暮らすボクたちから見れば
負けるってことは分かっていたはず。

力の差は歴然ってこと。

そもそも北条氏政は
なんで強気だったんでしょうか。

「伊達が駆けつければ勝てる」って。

思っていたのでしょうか。

今回のブログではそのあたりを解説しますね。

北条家の居城・小田原城は
これまでにも隣国から攻められています。
そしてその都度、撃退しているんです。

城を囲まれても
広大な小田原城に籠城さえすれば
この城は落ちたことがありません。

そうです。

けっして落ちない城として
天下に聞こえた名城だったんです。

甲斐の武田信玄も
越後の上杉謙信でさえも
落とすことができずに退却しています。

誰が攻めてきても勝てる!


過去の経験からそう判断したんです。

それも自信満々にそう思っていたんです。

ただ相手が悪かったんです。


信玄も謙信さえも落とせなかった

その歴史を豊臣秀吉は十分に学び研究しています。

だから天下人なんです。

戦国時代。
これまでの合戦は
農閑期に行われてきました。

足軽兵は半農半兵です。

春には田植え。
秋には収穫に。

みんな、田んぼへ戻らないといけなかったんです。

どんなに大軍勢でも
春先から秋ごろまでしか
戦はできなかったんです。

 

秀吉軍は20万を超す大軍勢ですが
それ以上にスゴイことが2つあります。

1.補給路が整っていること。
2.専門性だから国許に戻る必要がないこと。

だから、ずーーーっと
城を囲むことができたんです。

専門用語でいう
兵農分離と兵站(へいたん)の確立です。

何年でも城を囲むつもりだから
小田原城の見下ろせる山の上に
一夜城なんて城を築くほど。

そろそろ帰るだろう~っと思っているのに
いつまで経ってもいっこうに帰る気配すらない。
頼みの援軍・伊達も来ない。

秀吉軍は化け物だ!
どうなっているんだ!!

経験したことのない恐怖心が
氏政を挙動不審へと駆り立てたんですね。

賢者は歴史に学び
愚者は経験に学ぶ

そういったのは
ドイツの宰相・ビスマルクです。

ボクたちが歴史を学ぶ理由がここにあります。

自分の経験では測れない
時代や環境の変化が猛スピードで起こっている

・・・かもしれませんから。

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山本 やすぞう
1972年大阪市生まれ。近畿税理士会北支部所属。TKC近畿大阪会所属。 大河ドラマを題材に使い、名シーンや名セリフを交えたわかりやすい内容が評判となる。常識に縛られずその会社らしくあろうとする経営者を応援することから、中小企業の経営者のみならずスタッフまで「私にもできる」と思わせ、信奉者が増加中。 計算するだけでなく、一緒に利益を探す税理士として活動中。
山本 やすぞう

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