応仁の乱に学ぶコロナ後の世界

2020.05.23

応仁の乱で都が焼け野原になった
(イメージ画像はウェブから)

大阪は緊急事態宣言が解除されました。
自粛や休業の解除も拡大されて、
学校もそうだしお店も活動を再開し
始めている。

街は立ち直っていく

そう実感します。
焦らず少しずつ賑やかさを取り戻すと
嬉しい。

蜜を避けて
オンラインが主流になっていく。
そんな風に言われていますが。

正直、ボクにはよくわかりません。
ただ歴史的に参考になるのが応仁の乱です。
室町時代末期に京都を戦場にした内乱。

1467年から11年間。
その間ず~っと京都とその周辺では
敵味方に分かれて争い続けたんです。

細川勝元と山名宗全という
二人の実力者の対立に将軍後継問題や
畠山・斯波両氏の家督争いが絡んで
内乱に発展します。

将軍も各陣営の大将でさえも
自軍をコントロールできなくなって、
終結までだらだらと11年もかかってしまう。

そんな応仁の乱。

コロナ後の世界で参考になるのは
乱そのものではなく、乱その後の世界。

当時、日本の統治は
4分割されていたんです。
都と鄙(ひな)と分かれます。

都会と田舎(都から距離のある遠国)
首都を含む都会地域と3つの田舎地域から
なる連合国家でした。

1.室町殿御分国←都

天下と呼ばれる都を中心とした五畿
(山城、大和、摂津、和泉、河内)と
東は中部(駿河まで)、北陸(越後ぐらいまで)。
西は四国と中国地方です。

2.鎌倉殿御分国←鄙

甲斐、伊豆と関東地方。
山梨県と静岡県の伊豆地方は関東圏
としての扱いでした。

3.奥州探題の直轄地←鄙

陸奥と出羽の地域。
このくくりは現代でも同じ。

4.九州探題の直轄地←鄙

大陸からの玄関口でもあった九州ですが
都からは遠くて鄙扱いでした。

こんな4分割です。
室町殿御分国と呼ばれる地域
(本州の3/5ぐらいと四国)を
とりあえず大関西圏と呼びますね。

その地域の守護大名は
常に都に在中します。
国元へは赴任しません。

大関西圏の中心、京の都で
将軍と一緒に政治をしていました。
だから国会議員です。

鄙の地域の守護大名は都に居場所がなく
地元で政治をしていました。
まぁ県知事です。

政治、文化や経済。
どれをとっても京の都が中心でした。
これが崩れたんです!

応仁の乱の後の世界。
すっかり焼け野原になった
都の都市機能は壊滅状態に陥ります。
国のコントロールがきかなくなる。

その地に残った公家や将軍の権威は低下。
一緒に在京していた大関西圏の守護大名も
落ち目になります。

首都(都)一極集中の構図が
崩壊したんです。

大河ドラマ『麒麟がくる』で
描かれているのはその頃の世界。

美濃の国もそうです。
国主である守護大名・土岐家は国元ではなく
京の都にいたんです。
美濃の国の政治や統治は守護に代わって
守護代の斎藤家に任せています。

そして応仁の乱がおこると・・・

急いで国元に戻ってみたものの
将軍の後ろ盾のなくなった守護の言うことは
誰にも聞いてもらえなくなった。

大関西圏の守護大名は
おおむねそんな感じ。
名目だけで実権がないのは
そのせいです。

ひと頃、美濃の国の守護大名は
土岐頼芸(ときよりのり)でしたが
それ以上に権力者として守護代の
斎藤道三が描かれているのもそのせいです。

尾張の国も同じ。
守護・斯波家もとても非力。

応仁の乱の後に国元に入ったので
守護代・国衆たちとの関係性が薄い。
自力で掌握できていないんです。

戦国大名と呼ばれる
武将の身分が低いのはそのせいです。

応仁の乱の前は
良くも悪くも京の都が中心。
一極集中のコントール社会。

出来上がった組織や階層の中で
偉い権威や組織にお伺いを立てて
自分を承認してもらうことが大切でした。

それが応仁の乱の後の世界では
古びた都の権威は無視されて
今の困りごとを解決してくれる
身近なリーダーを支持するようになります。

小京都と呼ばれる文化的は街にしたり
楽市楽座を推奨して商業都市を
再建したり地方独自の価値が確立されます。

地域独自のお金を発行したり
経済の担い手として寺院に代わって
商人が台頭するのもこの頃から。

古い価値観が強制終了されます。
それでもその後の世界が確立するには
かなりの時間がかかりました。

応仁の乱の後の時代、およそ100年間を
戦国時代と呼ぶのはそのせいです。
焦らなくていい。

現代でも戦国時代が魅力的に
描かれて魅了するのはなぜでしょうか。
きっと個が活躍する世界だからです。

尾張の信長さまは領民と近いし
美濃の道三さまは怪しいマムシで
越前の義景さまはうさん臭い。

『麒麟がくる』ではそう描かれています。

感染防止のステイホームと
疲弊する経済活動。

国の基準とは別の
「大阪モデル」はそのひとつ。

いつ感染するかが心配でお家にいたい。
その反面、仕事をしないと食べていけない。
スタッフの雇用もある。

何事も自己責任で自由です。

主人公・光秀は戦に臨むも
敗れて浪人となりました。
ある意味、倒産・失業です。

その時、城を枕に討ち死になんて
せずに落ち延びてその後、信長に仕えて
大活躍。やがて天下人にもなるほど。

失敗してもやりたいことがあるなら
再起の機会が巡ってくる世界です。

今もきっとそうです。

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山本 やすぞう
1972年大阪市生まれ。近畿税理士会北支部所属。TKC近畿大阪会所属。 大河ドラマを題材に使い、名シーンや名セリフを交えたわかりやすい内容が評判となる。常識に縛られずその会社らしくあろうとする経営者を応援することから、中小企業の経営者のみならずスタッフまで「私にもできる」と思わせ、信奉者が増加中。 計算するだけでなく、一緒に利益を探す税理士として活動中。
山本 やすぞう

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